飛鳥旅行記

飛鳥?で行く日本一周クルーズ(鳥羽)・・・作成中(by かにちゃんさん)

飛鳥
クルーズも後半へ・・・
 横浜を出港した飛鳥?は、鳥羽へ向かいます

 お伊勢参りや、養殖真珠で有名な鳥羽、
 
 寄港地観光も、ミキモト真珠島コース、答志島・海女小屋海鮮昼食、志摩観光ホテルでランチ、などなどありましたが、やはり、一番人気は、伊勢神宮両参拝コースだったのではないでしょうか?早朝より出発のバスも何台もでたようです
 
 で、父と私は、、、例によって、一番ラクなコースを。
その名もずばり、「松阪牛専門店でのすき焼きコース」でした。
 

【旅行時期】2008/10/18~2008/10/18
【エリア】鳥羽
【テーマ】グルメ
【投稿者】かにちゃん

飛鳥?で行く日本一周クルーズ?(横浜)(by かにちゃんさん)

飛鳥
飛鳥クルーズも6日目。
室蘭〜終日航海を経て、横浜港へ入港です。

横浜は、飛鳥?の母港。2009年には開港150周年を迎える、日本を代表する国際港でもあります。

この日の寄港地観光ツアーも、いろいろ企画されていました。
六本木ヒルズを含む「新東京観光」、「定番浅草」「皇居参観」「古都鎌倉観光」などのコースや、
近場では、「横浜半日観光」、「中華街歴史探訪」、「中国茶プチ講習」などなど。
 
でも、父と私が選んだのは「訪船プラン」です!
家族や友人、知人などが飛鳥に乗船し、お食事もいっしょにできるというもの。
訪ねてくるのは、娘!
久しぶりにおじいちゃんに会いに、飛鳥までやってきました。

【旅行時期】2008/10/17~2008/10/17
【エリア】みなとみらい・桜木町
【テーマ】
【投稿者】かにちゃん

飛鳥?で行く日本一周クルーズ?(終日航海)(by かにちゃんさん)

飛鳥
クルーズから、だいぶ日にちがあいていしまいましたが、
まだ日本一周の途中でした^^;ので、
旅行記アップしていきます。

室蘭を出て、この日は、横浜へ向け終日航海。
船内でゆっくりと過ごすことができました。
クルーズも中盤、高齢の父には、だいぶ疲れもみえてきていたので、寄港地観光がなかったのは、かえってよかったです。

【旅行時期】2008/10/16~2008/10/16
【エリア】横浜・みなとみらい
【テーマ】クルーズ
【投稿者】かにちゃん

大阪造幣局桜の通りぬけと吉野山の桜(by tetsu60さん)

飛鳥
大阪造幣局に行ったのはまだ大阪に住んでいた子供の頃。 ほとんど記憶がない。 造幣局の赤レンガの建物のみがかすかに記憶に残っている。 この造幣局の桜の通り抜けが始まったのはいつの頃か? 毎年数十万人が訪れる桜の通り抜けは今年は4月16日から22日まで行われるとのこと。 20日過ぎなら都合がよい、急遽見に行くことにした。 造幣局のみではもったいないのでついでに吉野の桜もと欲張った。

4月21日(月) 福岡→大阪→奈良→大阪
朝福岡を発って昼頃新大阪着。 造幣局のライトアップまではまだまだ時間がある。 この時間をつぶすため奈良の西ノ京に行くことにした。 西の京は平城京。 唐招提寺と薬師寺に行く。

さて唐招提寺と薬師寺は近鉄の「西の京」の駅で降りるのだが、若い頃に知っている唐招提寺や薬師寺は周りに何もなくて、ただ田んぼだけが広がっていただけだったのが、今では西ノ京の駅の周りから住宅が立て込んでいた。 京都ほど観光客がうようよしていないのが救いか?
唐招提寺は759年鑑真和上により建立されたといわれている。 「招提」とは「仏の下で修行する人たちの場」の意味。 これを寺名にしたもの。 唐招提寺は観光客はほとんどいなくて、われわれを含めても7〜8人。 もっとも金堂は修理中。 東山魁夷の壁画は公開されていないとのことで客の少ないのもうなずける。 南大門をくぐると正面の金堂は修理中でシートをかぶっている。 金堂の横を通って戒壇(中には入れない)を眺め、講堂に入る。 金堂の修理中御仏たちはここに安置されている。 国宝の本尊盧舎那仏坐像(座っている姿は珍しいらしい、国内で2体くらいとか)、国宝の千手観音立像、重文の薬師如来立像をはじめ数々の重文の像、さらに金堂の国宝の鴟尾(鬼瓦に相当するもの)などが展示されていた。 そのほとんどが奈良時代に作られたもので、よく見かける鎌倉時代の仏像に比べて少し素朴に感じられた。 とくに四天王が踏みつけている邪鬼たちはむしろ可愛いくらい。 
講堂を抜けて奥へ、地蔵堂を抜けると御影堂がある。 ここには鑑真大和上の坐像が安置され、東山魁夷が描いた障壁画も飾られている、が、今は開陳されていない。 魁夷の「山雲」「濤声」はこの絵を描くため日本中の質のよい緑青が買い占められたと評判(悪評判?)の絵である。 魁夷の絵について言えば出世作の「道」もすばらしいが、東山の杉木立の中に立っている五重の塔の絵は凛とした空気の格調の高いすばらしいものだと思う。 「山雲」「濤声」を見ることができなかったのは 残念! 横の庭に瓊花(けいか)が植えられて花が咲いていた。 なんでも鑑真和上遷化1200年を記念して1963年に中国から贈られたとのこと、ガクアジサイによく似た花(アジサイの一種らしい)。 白いなかなか清楚な花。

唐招提寺の後、薬師寺に向かう。 薬師寺は西ノ京駅を挟んで唐招提寺の反対側、南側にある。 薬師寺は700年頃建立され、710年平城遷都により飛鳥の地に移された。 この寺の美しさは白鳳伽藍と呼ばれるその配置の美しさにある。 北の與楽門を入ると正面に食堂跡と、その左右に東と西の僧坊、食堂跡を抜けると大講堂、大講堂の南に金堂、金堂の南東と南西に東塔と西塔二つの三重塔、そして南の正面に中門、中門から東西に伸びて凹状に東塔と西塔、金堂を囲む東回廊と西回廊。 中門の南に南門。 ほぼ正方形に作られたシンメトリックな白鳳伽藍。 薬師寺の本尊は金堂の国宝薬師如来、世界で最も美しいといわれている。 そして両脇を固めるともに国宝の日光菩薩(向かって右)と月光菩薩(向かって左)、これら薬師三尊像は白鳳時代の至宝。 もっとも日光菩薩と月光菩薩は東京で開催される薬師寺展のため生まれて初めての出張のため不在。 薬師如来も初めての御身拭いのため後背などが取り外されている。 大講堂の本尊は重文の弥勒三尊像。 そして東西の三重塔は…東塔は国宝、西塔は戦国時代に焼かれ1981年に再建されたもので屋根が将来重みで下がることを見越して少しそりあがっている…裳階(もこし)をつけているため六重の屋根に見えるが、実に美しい姿、たたづまい。 
白鳳伽藍と道路を挟んだ北側には玄奘三蔵院伽藍があり中央に玄奘塔と大唐西域壁画殿がある。 この伽藍から見た三重塔はすばらしい、白鳳伽藍の大講堂の両脇にたたずむ姿は実に美しい。 大唐西域壁画殿には平山郁夫の壁画が展示されている。 NHKでその製作過程を放映していたのを見たが、その時には「例によっていつもの絵か…」くらいの印象だった、が、実物の絵を見るとそんな気持ちは吹き飛んだ。 「仏教伝来」の絵以来の平山郁夫の集大成といってもよいくらい見事なものだった。 

奈良から大阪に戻る。 環状線に乗り森之宮まで、そこからは徒歩で造幣局へ。 時間は18時頃、まだ少し明るい、今日は平日にもかかわらずもうすでに大勢の人が押しかけている。 川岸には屋台がたくさん出ている。 造幣局の通り抜けは明治17〜8年頃から始まって、夜桜鑑賞は昭和26年から始まったとのこと。 通り抜けは600mくらいの桜並木に約120種、約600本を超える桜が植えられている。 南の門から入り北の門に抜けるが仕事を終えたサラリーマンたちも大勢詰めかけて、まさにごった返している状態。 人ごみを押し合いへし合いしながら歩くうちに日が暮れ、並木のあちこちに立てられているぼんぼりに灯がともる。 薄い明かりの中に白、ピンク、赤みがかったピンクの桜が浮かび上がる、なかなか幻想的な…といいたいが何しろ人が多すぎる。 わずか600mくらいの距離だが桜をあれこれ眺めながら1時間半ほどかけて出口に。 途中に昔見たことのある赤レンガの建物が懐かしくも残っていた。 

後はホテルに行くだけだが、造幣局はなぜだかきわめて交通の便の悪いところにある。 JRにも地下鉄にも便が悪い、地下鉄の駅まで20分ほど歩いた。

4月22日(火) 大阪→吉野山→大阪→福岡
今日は吉野山に桜を見に行く。 吉野山はいわずと知れた桜の名所。 しかしこの時期は下の千本はすでに散っており、中の千本ももうほとんど残っていないと思われる。 大阪阿部野橋から近鉄で吉野山まで1時間半ほど。 そこからバスで中の千本へ、さらにバスを乗り換えて上の千本へ。 中の千本にはやはり桜の花は残っていなかった。 ところでこの時期にもかかわらずかなりの観光客が来ていた。 上の千本でバスを降り金峯神社へ、徒歩で10分とは言うもののかなりの上り坂、結構きつい。 バス停でも桜が咲いていた。 どうやら満開。 金峯神社の周囲にも桜、が本数は少ない。 ここから1時間ほど登った奥の千本でも満開らしいが時間の都合もあって奥までは行けない。 
中の千本までバスで戻り昼食。 昼食後下の千本まで歩く。 下の千本までの間少しは桜も残っていた。 下の千本には金峯山寺があり、この周囲には土産物屋が軒を連ねている。 吉野といえば葛…福岡にも秋月の葛が有名だが…少し買って帰る。 
下の千本から吉野駅まで少し残った桜を眺めながら降りる。 

一路福岡へ。

完   了

【旅行時期】2008/04/21~2008/04/22
【エリア】大阪城・京橋
【テーマ】花見・紅葉
【投稿者】tetsu60

「写真の無いブログ」悲しみのカンボジア(10)「遺跡」・4、神々の源「プノン・クレーン」(by ちゃおさん)

飛鳥
アンコールには「アンコール・ワット」「アンコール・トム」の二つの遺跡を中心として、その周辺には幾つもの古い遺跡が残されている。何か、大和まほろば、奈良盆地の平城京、西の京、飛鳥、斑鳩、吉野、等々数多くの旧跡・名跡があるのと似ている感じである。

アンコールの北東約40キロ、幾つかの集落を通り過ぎ、一面がコメ畑の平野に出て暫らく走ると、前方に忽然と山が現われ、それは丁度大和三山の「天の香具山」に似た形の整った小山で、バイクは見る見るその山に近づき、その山の麓近くに今日訪ねる「バンテアイ・スレイ」がある。

この寺院は午前の早い時間に行くと良い。その赤茶けた臙脂色の古い寺院は、旭日を浴びて、燃えるような赤になる。全体がばら色砂岩で作られたこのヒンドウの寺は、アンコール・ワット、トムの先駆をなすもので、クメール王朝がコンポントム(サンボー)からこの地に移ってきた10世紀、最初に建設された寺院で、当時のインド様式のヒンドウ芸術が色濃く残されている。
 
「バンテアイ・スレイ」、まさにこの名前「女の砦」が示すように、寺院の至る場所にインド風の女性像が彫刻されていて、所謂「東洋のモナリザ」もこの寺にある。

嘗てアンドレ・マルローはこの地を訪れ、1個のレリーフを盗もうとして逮捕された史実が示すように、この寺院はアンコールの遺跡の中でも最も格調が高く、且つ芸術的であると言われている由縁でもある。

東面する正面の参道は今将に旭日を受けてばら色に輝き、幾つもの楼門を潜り抜けた先の一番奥まった堂宇の壁面の中にそのモナリザ像はひっそりと佇んでいた。長躯バイクを走らせ、砂埃の舞う未舗装の道路を1時間走らせてここまで来た価値はあった。

ここから更に50キロ、更に酷いデコボコ道を走り、「プノン・クレーン」国立公園の山中を走ること約1時間、この山塊の一番高い場所に「ライチの山」があり、802年、この場所に於いてジャヤヴァルマン2世が「神なる王」の儀式を行い、以後700年に及ぶアンコール王朝が始まったのだった。

その泉水は今でも乳白色の湧き水を噴き出していて、尽きることがない。攪拌、撹乱。「乳海攪拌」はここにあり、1200年の永きにわたり今日も尚、この泉は音も無く地中から乳色の水を湧出し、攪拌し続けていた。

いやしかし良く見ると、乳白色に見えた噴水は、地中の細かい白色の砂が水と混じり合って乳色に見えるのであって、水自体は透明無垢な純水だった。手に掬って飲む。甘露と言ったら嘘になるが、無色透明な味だった。

この泉から流れが始まり、シェムリアップ川になり、トンレッサプに注がれ、更にはメコンに合流し、遂には南シナ海に流れ落ちる。昔の人々にもこの道理が分っていたのだろう。

源泉から数十メートル下流には川底の大きな石に男女交合のシンボル、ヨニとリンガの彫刻が大小無数に刻まれていて、清らな流れが薄く、浅く、清流となって薄絹のベールのように流れている。数百年にわたって彫り続けられてきた人間のシンボル。飽くなき欲望。源泉。乳海攪拌。

ここから更に谷を隔てた山頂には巨大な岩石(砂岩)の上に建立された仏教寺院「プリア・トム」が有り、これまた巨大な砂岩から作られた寝釈迦「ブリア・アントン」が祀られている。
寺の展望台からは、360度の樹林帯が見渡せ、その緑の海は、ここが南方のとある場所であり、この広大な密林の中には想像もつかない奇獣、珍獣、猛獣が潜んでいるかも知れない、と。

お寺を下ったところには大きな滝があり、水量は豊富で落差も充分あり、先年見た秋保大滝に負けず劣らぬ豪快さで、滝の真近まで寄っては飛沫の冷気に身体の熱気を冷やし、漸く夢から覚めた面持ちで、ニワトリ1羽を丸まるから揚げしたのと、地元山岳民族の作った最高の料理(豚肉とハーブを和えたようなもの)の昼食を食べながら、アンコールビールを飲みつつ、このような辺鄙な場所までこられたことに感謝した。

「湧き出る乳海攪拌人の源」

【旅行時期】2008/12/23~2009/01/07
【エリア】シェムリアプ
【テーマ】
【投稿者】ちゃお

飛鳥の宿 祝戸荘

〒634-0121 奈良県高市郡明日香村祝戸303

飛鳥の宿 祝戸荘
↑お宿外観

緑に囲まれたくつろぎの宿 ここから歴史とロマンの旅が始まる

石舞台古墳より徒歩10分。ロッジ風の宿泊施設です。周辺は緑に包まれ、奥飛鳥の棚田も望める絶好のロケーション。特別料理(古代食)「万葉あすか葉盛御膳」冬季には名物「飛鳥鍋」等がオススメ

飛鳥の宿 祝戸荘

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